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「学校=本気を出す練習の場」という考えが興味深い

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本日2019年3月5日のタイ株指数SETは1,639でした。先週SET1,660超えるかもとかいう思いは何だったんだという感じです、、、読みが単純過ぎという事ですね。

ずいぶん前になりますが、ラジオだったかYoutubeだかでとある芸人さん(すみません、名前は全く分かりません)が「学校=本気を出す練習の場」と子供に教えてます、という事を言っていました。

「何で学校に行くの?何で勉強しないといけないの?」という子供の素朴な質問への答えだったはずですが個人的には「素晴らしい納得解だな」と感じており、自分のようなオトナにも十分価値のある言葉だったと思うので、ここにシェアしてみようと思います。

 

「学校=本気を出す練習の場」という考え

皆さんは子供のころに「何で学校にいくのか?勉強するのか?」って思ったことありませんでしたか?

自分は小学4年生~大学2年生まで「こんな事して何か意味があるのか、、、」って心の底から思っていました。塾なんかに入れられて(行かせて貰っていたんですが)勉強を強要されればされる程この思いが強くなったのを覚えています、、、。小学生の頃なんかは「土曜日の午後くらい友達と遊びたい」と親を恨んだことすらありました。

大学3年生から学んだことは人生を主体的・前向きに生きるために今でも役立っていますが、受験や試験のための「オベンキョー」で詰め込んだ知識なんて今何にも覚えてなんかいません。

英語が得意なのと足し算、引き算、掛け算、割り算ができて日本語も読めるのでそれには感謝していますが、、、古文を読解したこと、歴史の出来事を年号と一緒に覚えた事は今のところ1ミリも人生の役に立っていないですね。

、、、そして30歳も中盤を迎えた頃に「学校は本気を出す練習の場」という言葉を耳にし「これだ!」と思ったわけです。

歴史状の出来事を「語呂合わせで覚える」という何の価値も生まない事も、「古文を読み解く」なんて何の得にもならない事も、好きじゃないけどやっていた部活動も全ては「人生で本気に出す練習の場」だったとのかもしれない、と。

あの時から「目の前の事を乗り越える術を考えたり、気合で乗り切ったりする人生のサバイバル能力を養っているんだ」なんて思いながらやっていたら、何の目標や夢も無く過ごして来た自分でも、もう少し違った人生を歩んでいたかも知れません。

 

そもそも「本気を出す」って何?

人によって解釈はたくさんあるかも知れませんが、自分は上記で述べたように「目の前の問題・困難、行きたい所にたどり着くために主体的に知恵、力を振り絞る事」だと考えています。

ちなみに「本気を出す」って一般的にどういう意味かをググってみたところ、

努めて本気になる遊び気分冗談めいた感覚排除してことに当たる真面目・真摯に取り組む、といった心持ちを指す表現。「本気になる」などとも言う。

引用元:「本気を出す(ほんきをだす)」の意味や使い方 Weblio辞書

だそうです。

なんか表面的な感じですね、、、主体的であること、知恵や力を振り絞っている点が重要なんじゃないかと思うのは自分だけでしょうか。

 

「本気に出す」ことはいつでも始められる、けど早いに越した事はない

今回は偶然、とある芸人さんが自分の子供に向けて「学校は本気を出す練習の場」と教えていましたが、我々のような大人でも同じことが言えると思っています。

「普通の会社で適当に仕事してたら、仕事なんて与えて貰えない」でしょうし「子育てなんて苦労の連続」でしょうし「気になる人にアプローチするのもアレコレ考えて、最後には恐怖を乗り越える場」でしょうし、生きているだけで程度の差こそあれ「本気を出す=問題を乗り越えるために考えたり、気合で乗り切る」場面は幾度となくあります。

こう考えると、生きていく上でこの「本気を出す」という事から逃げる訳にもいかなさそうですね。学校で本気を出してこなくっても、会社で強要される。会社で本気を出さければ、居場所がなくなる。そうすると会社で働かなくても良い方法を本気で考え始める、、、とか。人間、結局どこかで「本気を出す時」が来るものなんだと思います。

であれば、、、できるだけ早い時期に「本気を出す事」に慣れておいたほうが人生楽なのではないかと思いました。

自分はそのうち子供を持つことになるのですが「本気を出す」という事について教えてあげたいなと思います。「好きな事」くらいににならきっと「本気を出す」はずなので、色々なものを経験させてあげて何か熱中できるものを一緒に探してあげたいな、と思います。(もちろんできる範囲です)

「好きな事」を通じて「目の前の事を乗り越えるために知恵、力を振り絞る事」に慣れていけば何とか人生を乗り切れるはず、、、親のエゴでしょうか。

 

自分は「本気」を出しだことがあるのか

自分は2社でサラリーマンを経験しましたが、2社目では「本気を出していた」と思っています。そして今ですね。

一方学生時代は、、、全てを「嫌々やる」って感じでした。親が言うから、、、進級できないと恥ずかしいから、、、何一つ主体的になってやった事は無かったと思います。車とバイクは好きで主体的に熱中していたのですが、「楽しかった」で終わってますから勿体無かったです。

さて、2社目の会社では「本気」だったと書いていますが「なぜ」なのかをちょっと考えてみました。それは人生で初めて「自分の意志で選んだ道」だったからと思っています。

1社目では事務的な仕事ばかりで飽き飽きしていたため「自分の行動が結果に反映される仕事」がしたいと思い2社目には「営業マン」として転職しました。

もうそれはヤル気満々でした。自分で資料作って、お客さんに提案して、お客さんから反応があって、売り上げが決まって成績が付く、まさに自分のしたい事がそこにあったからです。一方で「超長時間労働、心無い取引先やバイヤーや先輩には馬鹿にされ怒鳴られる、競合の営業マンに出し抜かれたり、、、」というように決してラクではありませんでしたが「総じて楽しかったし、勉強になったな~」というのが今の思いです。

結局「労働時間の長さ」と「自分の頑張り・成果と収入がそんなに比例しない」、「一生誰かにこき使われる人生は勘弁」と思ったためトレーダーを目指したわけですけれどね。現在は「自分で稼ぐこと」に取り組んでいます。

 

「本気を出す」にはどうすれば良いのか?

生きている限り「本気を出す事」から逃げる事は出来ないと自分は考えていますが、「本気を出す」にはどうすれば良いのか、という点についても考えてみました。

それは、おそらく単純に「興味のある事、好きな事、やっていて楽しい事」をする事ではないかと思っています。子供も大人も「嫌々やっている事」に対して「問題や困難を乗り越えるために知恵、力を振り絞る事」はできないと思います。

嫌々やったり、逃げたりすると「義務的で楽しくない・苦しい ⇒ 本気出ない・出さない ⇒ 成果が出にくい ⇒ チャンスを掴みにくい ⇒ 頑張って成果を出した人が恨めしい ⇒ 苦しい ⇒ 自分より下を探したり、足を引っ張るなどもがく ⇒ でも本業の成果は出ない ⇒ 楽しくない・嫌・虚しい・息苦しい・腹立たしい ⇒ 逃げ道を探す ⇒ 簡単には見つからない ⇒ 不満  ⇒ 生きている意味って何??」みたいな人生になってしまいそうだな、と思っています。

自分も含め、ほとんどの人が何らかの仕事で収入を得て生活を成り立たせないといけあい現実はあります。でも「できるだけ主体的に、嫌々でない”何か”」を生活の糧にする道を探すのも大切なのではと思い、自分の場合はトレーダーを目指すという形で実現に向けて動いているところです。

「会社勤めがダメ」とかいう訳ではなく「今やっている”何か”に自分が主体的に取り組めているかどうか」が重要かと思います。

 

まとめ

という事で今回は偶然耳にした「学校=本気を出す練習の場」という言葉について自分の考えをまとめてみました。

自分としてはこの言葉の意味を「学校の中で経験する楽しい事も、問題も困難も主体的に知恵と力をを振り絞って乗り切っていく練習なんだよ、なぜなら社会に出たらそういう場面にたくさん出会うから」という風に理解しています。

学校では「本気」で生きてこなかった自分ですが、これからは「本気」で自分の人生に主体的に一生懸命生きてみようと思っています。

トレードで稼げるように日々努力あるのみですね。

では。 

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